名前
「飛鳥」
──相手がいないときなら簡単に言えるのに。俺は鏡の前で大きくため息をつく。
長い付き合いである土門飛鳥と俺、一之瀬一哉の関係性に「恋人」が追加されたのは最近のことだ。
とはいえ特別恋人らしいことなんかしていない。今まで通り一緒のチームでサッカーをして、一緒の部屋で暮しての繰り返しだ。
だからこそ今更名前で呼ぶことに恥ずかしさとか色んな感情が沸きおこり、呼べずにいた。
「……よし、決めた。今日から名前で呼んでみる」
決めたのならまずはターゲットに会いにいかねば。ターゲットは今、夕飯の材料の調達に出ている。狙いは帰ってきたタイミングだ。
俺がそう決心を決めると、ガチャリとドアが開く音がする。いいタイミングだと思いながら駆け足気味に玄関へ向かった。
「飛鳥! おかえり!」
「うわっ、ただいま……。買ったもの持ってるんだから気をつけろよなー」
呆れた顔をしながらも、土門は俺の方を向き、荷物を一旦床に置く。
俺は土門の反応の薄さに少し動揺しながら、もう一度作戦を決行しようと試みる。
「飛鳥。今日の夕飯はなに?」
「今日? 一哉が好きなモンだよ。ちょうどいい食材が売ってたからな〜」
そう言って土門は冷蔵庫に食材をしまいにキッチンへ向かおうとする。俺は予想と違う結果に、ムカつきながらも彼のあとを追おうとして立ち止まる。
「へ……?」
気のせいじゃなければ、今、土門に一哉と名前呼びされた気がする。
「……なにそれ、ズルすぎ」
俺はガクッとその場に崩れ落ちた。してやられた悔しさと、名前呼びされたことへの恥ずかしさが襲ってきた。
「あー……飛鳥のばか」