息苦しさの向こう側
父さんが楽しそうにサッカーをするから。
たくさんの仲間に囲まれてサッカーをする父さんが笑顔だったから。
──だから、ぼくもサッカーに興味を持った。
最初のうちはよかった。
みんな優しかったし、試合で活躍をしたら褒めてくれたから。それが嬉しくてますます練習を頑張った。
でもある日、気付いてしまった。
みんなぼくを見ているようで──"ぼく"自身を見てない、と。"あの円堂守の息子"として自分が見られてることに気付いてから、少しずつサッカーが楽しくなくなった。
試合でシュートを決めても。
いいアシストをしても。
──それが当然のように見られる。
そのことにぼくは次第に息苦しさを覚えた。
だけど、サッカーは好きなままで。
昔見たあの光景に焦がれているからか、サッカーをやめるという選択肢は不思議と浮かばなかった。
ぼく──俺は、中学生になった。
進学先は父さんも通っていた雷門中。
サッカーといえば雷門と言われるくらい有名になったこの学校には、いろんな地域から強い人たちが集まってきている。
そのせいだからか、以前よりも息苦しさは減った気がする。だけど、ここでも俺の願いは叶わないような気がした。
「ハル」
練習をベンチからぼーっと眺める俺に、蓮さんが声をかける。
「蓮さん」
「あれから調子はどうだ?」
「んー……まだ、あんまりって感じかな」
不思議と蓮さんには自分の気持ちを素直に口にしてしまう。俺の様子を咎めることなく、隣に蓮さんは座った。
「……」
「……」
「……」
「……蓮さん? 蓮さんは練習しなくていいの?」
「ああ、少しなら大丈夫だ」
「ふーん」
「なあ、ハル」
蓮さんは急に真剣な声で俺を呼ぶ。
それから深呼吸してからこう言った。
「俺じゃ、友達になれないか?」
「えっ」
──蓮さんが何を言っているか、理解できなかった。
「……なんで、」
「ハル?」
「なんで蓮さんはそんなに優しいの?」
俺には蓮さんの考えがわからなかった。
「ねぇ、蓮さんが俺に優しいの、蓮さんがキャプテンだからでしょ?」
だからこう言ってしまった。
蓮さんがどう思うか考えずに。
俺の言葉に、蓮さんが何が言おうか迷っているのが隣から伝わってきた。そんな姿を見て俺はやってしまった、と気付いた。
「すみません、今日は帰ります」
その場に留まるのがなんだか気まずくなった俺は、一言そう言ってグラウンドを後にした。
学校を出てからは感じた重い感情を振り払いたくて、必死に走った。なんだったら家の前なんてとっくに越していた。
(……なんであんなこと言ったんだろ、俺)
走っても、走っても。
さっき見た蓮さんのショックを受けた表情が頭から離れなかった。
自分のせいなのはわかってる。
自分が蓮さんを傷つけたのもなんとなくわかる、だけど。
(俺にとって蓮さんってなんなんだろう)
自分のことなのに自分がどう思ってるのか、まったくわからない。
そんな状況にもなんだかムカムカした。
「……帰らなきゃ」
ふと鞄に目をやると、ポケットに入れていたスマートフォンのライトが点滅していた。きっと帰りが遅い俺に対して母さんが連絡でもしたのだろう。
結局、答えはでないまま俺はゆっくりと帰路へと着いた。