約束は、また来年も

「わりぃ、待たせた」

 そう言って人混みの中から現れた思い人である半田真一はいつもと違う装いをしていた。

 まず前髪の一部をサイドに流したものを耳に髪をかけ、艶っぽい雰囲気を出していた。そのヘアスタイルも新鮮だが、何よりも浴衣姿であることが一番の衝撃だった。慣れない浴衣に照れくさいのか半田は困ったように眉を下げていて、そんな表情もかわいく感じた。

 ──半田が浴衣で来るなら僕も浴衣にすればよかった、と僕は少し後悔した。

「松野?」
「……なんでもない」

 僕は慌てて彼から目線を外し、そっけなく返す。

「あ〜その、松野と祭り行くつったら、姉ちゃんが急に色々着せてきてさ〜。結構待ったよな」
「別に、そんなに待ってないからいいよ」
「あっ! 姉ちゃんからお小遣いもらったから、松野の分も出すぜ!!」

 僕の反応がそっけないのを怒ってると思ったのか、半田は早口でまくし立てた。そんな半田がかわいくて僕はクスリと笑う。

「じゃあ、お言葉に甘えてかき氷奢ってよ。他は大丈夫だから」
「……松野がそれでいいなら構わないけど……」
「ほんとに気にしてないから! それよりさ、早く行こ!」
「お、おう」

 戸惑う半田を急かして、僕たちは屋台が並ぶ神社の中へと進んだ。

 約束通り半田にかき氷を奢ってもらい、他の屋台も見て回る。半田はしきりに「本当に他はいいのか?」って聞いてくるが、僕はそれを断る。

 いろいろな屋台を横目に歩いていると僕の目にとあるものが映った。

「何見てんの?」
「あー。なんかああいうの懐かしいなあって」

 見ていたのは幼い女の子向けの指輪とかブレスレットとかが売っている屋台だ。半田もその屋台に目を向け懐かしそうに笑う。

「そういや姉ちゃんがああいうの持ってたなー」
「そうなんだ」
「あれってキラキラしてるからさなんかちょっと羨ましくて。姉ちゃんのを勝手につけてたりしたな。んでバレてすっげぇ怒られた」

 半田はそういいつつもなんだか楽しそうだった。指輪か……と僕がぼーっと見ていると急に半田が「あ!」と声をあげる。

「どうしたの?」
「俺、まだ焼きそば食べてない……」
「まだ花火始まる時間まで余裕あるし、買いに行こうよ」

 まだ先程のことを気にしているのか遠慮気味の半田に「僕もじゃがバタ食べたいんだよねー」と伝える。すると「じゃあ買ってくる!!」と半田が嬉しそうに屋台へと駆けて行った。そんな半田を送ると、僕も目的を果たすべく屋台の列へと並んだ。

「……こんなとこ、あったんだな」
「まーね。めっちゃ穴場でしょ?」

 僕と半田はそれぞれ手にじゃがバタと焼きそばを持って、神社の裏手に移動していた。小高い位置で花火を見るには絶景だが、少々入り組んだ位置にある。そのため、地元民でもあまり来る人はいない。だから今ここには僕と半田の二人しかいない。

「半田にだけだよ。ここ、教えたの」
「……そ、そうか。ありがとな!」
「だって、半田と二人きりになりたかったから」
「〜〜っ、そう、かよ」

 半田は照れてるのかそっぽを向いて俯く。そんな半田がかわいくて、僕は思わず笑った。

「な、なんだよ!」
「んーなんでもないよ」

 ふたりで並んで腰を下ろす。お互い買ってきたものを食べていると、遠くから花火が上がる音が聞こえる。

 そのタイミングで僕は一度深呼吸をして、「半田に渡したいものがある」と切り出した。半田が「え?」と顔を上げ、僕は半田に向き合い、そして口を開く。

「手、貸して」
「お、おう……?」

 半田は不思議そうに首を傾げながらも、手を差し出す。その手に、僕は小さな指輪を乗せた。手に乗せられたものを見て半田は小さく声をもらす。

「これって」
「……約束の証」

 半田に渡したのは先程の屋台でこっそり買った子ども向けの指輪。同じものを自分の指にもはめる。

「半田とこれからもずっとにいたいんだ。……それでさ、本物は大人になったら渡すから、だから──」

 ずっと一緒にいてほしい。その本音は緊張からか、とても小さな声で発せられた。それでも半田にはきちんと届いたようで。

「そんなの、当たり前だろ」

 そう半田は笑って手を見せる。その手には先程の指輪がはまっていた。

「ありがとう」

 ちょっと狙ったかのようなタイミングで、 ドン、と夜空に大輪の花が咲く。その花火はまるで僕達を祝福しているかのようだった。

 来年も、再来年も──その先も、半田とずっと一緒にいれたらいいなと思った。