雲明が木曽路のお見舞いにいく話
ぽこん、ぽこん。
──しまった。
笹波は慌てて、切り忘れていたスマートフォンの通知音を切る。幸い周りにはバレいないようでホッする。
(……木曽路から?)
通知は、今日風邪で休んでいる木曽路からのものだった。短いメッセージが短期間の間にいくつも送られてきていた。
『今何してんの?』
『って授業中だよね』
『家、静かすぎる』
『寂しい』
『学校に行きたい』
『雲明に会いたい』
以前と比べて素直になった木曽路に、笹波は小さく笑う。
きっと出会ったばかりだったらこんなこと言ってこないだろう。
先生がこちらを見ていないことを確認し、笹波は机の下でこっそりスマートフォンをいじる。
『そうだよ、今授業中』
『社会の授業だよ。ノートはあとで見せてあげるよ』
『ご両親は仕事だよね』
『熱あるんでしょ、ちゃんと休んで』
『うん。僕も会いたい』
返信を送るとすぐに既読がつく。
ほんの少ししてから『ありがとう』というスタンプが返ってきた。
(お見舞い、いきたいな)
笹波はお伺いのメッセージを打って、途中でやめた。自分が行くことでかえって気をつかわせるかもしれないからだ。
(雲明が風邪引いちゃったら困るっしょ~とか言いそうなんだよなあ)
とは言え珍しく素直に甘える木曽路の言葉を無視もできず。──ましてや自分も同じ気持ちなのだから。
あれからなんどもメッセージを送ろうとしては消して。結局送信できないまま放課後になった。
「あれ? 木曽路は?」
部室につくと先についてた空宮が声をかけてくる。他の部員たちもだいたい笹波と一緒にいることが多い木曽路がいないことに心配している。
「熱が出て今日は休み」
「大丈夫なのかよ。確か親共働きって言ってなかったか?」
「昼頃、連絡あったから一応大丈夫だとは思いますが」
結局、見舞いに言ってもいいかを聞けなかった笹波はいつも通り部室に顔を出していた。
しかし木曽路のことが気がかりでなかなか準備は進まない。
その様子を見て桜咲はため息をつくと、笹波の近くに立つと手にしていたノートを奪う。
「全くボスは素直じゃないな。んで、今日はこれやっとけばいいか?」
「桜咲先輩」
「木曽路が心配なんだろ、顔に出てんぞ」
「でも……」
「木曽路も雲明が見舞いに来てくれたらきっと嬉しいって!」
「征まで」
「こっちのことは任せとけ。ノート見ながら練習しとく」
「桜咲、それ俺が言おうとしてたんだけど!!」
桜咲と空宮の後押しに、笹波の中の悩みが晴れる。笹波は二人に「ありがとう」と伝えると、無理のないスピードで木曽路の家に向った。
ピンポーンとチャイムを鳴らすと、程なくして扉が開く。
移動しながら『今から木曽路に家に向かう』と連絡していたから、待っていてくれたのだろう。
リビングへと移動しながら会話を交わす。
「雲明。部活大丈夫なの?」
「桜咲先輩たちに任せて来たから平気。それより木曽路は体調どうなの?」
「ん……朝よりは熱下がったと思うけど」
「ご飯は食べた?」
「…………」
「まったく。おかゆなら食べれそう? 残してもいいからさ」
「……雲明が作ってくれるの?」
木曽路は驚いたようにそう問いかける。普段と違って前髪を下ろしていることもあり、普段以上に幼く見える木曽路に、笹波はぽんと頭を撫でる。
「料理、あんまりしないからまずかったらごめん」
「雲明が作ってくれるだけで嬉しいよ」
ふにゃりと笑う木曽路に、笹波は胸の奥がきゅっとするのを感じた。
「……じゃあ、ちょっと待ってて」
そう声をかけて、キッチンに立つ。
事前に買ってきたレトルトごはんと卵を机に並べる。
鍋に水や調味料を加え沸騰させる。
その間にレトルトごはんを電子レンジで温めて、卵をボウルにうつし溶く。
しばらくしてぐつぐつしてきたタイミングで、温めたごはんを鍋にいれて、ほぐしつつさらに煮る。
その後、溶き卵を鍋に透過しふわりと混ぜる。
そのままお皿におかゆをうつし、上から軽く刻みネギをのせたら完成だ。
「はい、できた。熱いから気をつけて」
「……」
スプーンを受け取った木曽路は、軽くふーふーとサマシテから口に運ぶ。一口食べてから目を丸くした。
「おいしい!」
「そう? それならよかった」
「……」
「木曽路?」
「あ、あのさ。メッセージ、うるさくなかった?」
「気にならなかったよ」
「よかった」
「僕の方こそ急に来て大丈夫だった?」
「大丈夫。来てくれてありがとう。嬉しい」
「うん。僕も木曽路が頼ってくれて嬉しかったよ」
それはまさに笹波の本心からの言葉だった。その言葉に木曽路はまた嬉しそうに笑う。
「なあ、わがまま言ってもいい?」
「なに?」
「……あーん、してくんね?」
その言葉に、笹波は一瞬きょとんとする。その反応に木曽路は慌てて「やっぱりなんでもない!」とおかゆを口に運ぼうとする。
「駄目だなんて言ってないだろ」
笹波は木曽路の手からスプーンを奪うと、おかゆをすくい直し木曽路の口元に運ぶ。
「ほら、あーん」
「……ん、」
木曽路は恥ずかしそうにしつつも、身を乗り出して、おとなしく口を開く。
「無理はしなくていいからね」
「うん」
お腹が空いていたのか木曽路は用意されたおかゆを完食した。笹波は食器を洗いリビングに戻ると、木曽路はウトウトしていた。
「木曽路、眠い?」
「ん〜……」
「寝るならベッドにして。肩なら貸してあげるから、動けそう?」
「大丈夫……」
ゆっくりと歩みを進めていき、2階にある木曽路の部屋にたどり着く。
木曽路がしっかり布団の中に入ったのを確認してから、笹波は「僕はもう帰るね」と声をかける。
「うん」
「ちゃんと寝るんだよ」
「わかってるってば」
来たときよりかは元気になった木曽路に笹波はほっとする。
「明日、学校で待ってるから」
「! うん、明日学校で!」
木曽路の返事を確認してから笹波は木曽路の家をあとにした。
(やっぱり来てよかった)
玄関を出ると、夕方の空気がひんやりと頬に触れる。
笹波は小さく息を吐き、スマートフォンを取り出す。
──ぽこん。
ちょうどそのタイミングで、通知が鳴った。
『来てくれて、本当にありがとう』
『すごく嬉しかった』
木曽路からのメッセージに思わず口元が緩む。
『それならよかった』
『また明日』
送信すると、笹波はスマートフォンをポケットにしまう。
(明日は会えるといいな)
──翌日、隣の席にいる木曽路の姿を思い浮かべながら、帰路へと向った。