月に想いを秘めて
「月が綺麗だね」
とある日の部活の帰り道。
すっかり暗くなった通学路を歩きながら笹波はそう言った。
「……ん、お、おう。綺麗、だな……?」
「……」
木曽路は不思議そうに笹波に返事を返す。しかし笹波が求めていない回答だったのか、笹波は呆れたような目で木曽路を見つめる。
「え、なに? なんかの謎かけ? それとも特訓メニューのヒント?」
「なんでもない、忘れて」
笹波はそう言って、いつもより少しだけ歩幅を広げた。
(やっぱりあれじゃ伝わらないか)
予想していた通りの反応とはいえ、笹波は小さく息を吐く。
素直に「好き」を口にするのはまだ勇気が足りなくて。だけど思いを伝えたくなったから思い切って言ってみたが、結果は惨敗だった。
(……やっぱり木曽路にはちゃんと口にしないと駄目だな)
「雲明! 待てよ、早いって!」
木曽路は笹波の後を追いながらそう声をかける。
背中はすぐそこなのに、なぜか距離が縮まらない。そんな状況に木曽路は自分が何かしたのかと不安になっていた。
「雲明ってば!」
やっと追いついてきた木曽路が、笹波の隣に並び、肩を掴む。
「やっぱさっきの気になるって」
「……」
「さっきの『月が綺麗』ってやつ、なんか意味あるのか?」
木曽路から発せられたその言葉に笹波はピクリと反応する。
先ほど自分が言ったことをただなぞっただけなのに、胸の奥がひくりと揺れた。
「……そんなに気になるの?」
「んー、雲明があんまり意味のないこと言わない気がしてさ」
「そう」
木曽路の言葉に笹波は不思議とさっきまでのもやもやが晴れた気がした。
「じゃあさ」
「ん?」
「意味、調べてみなよ」
「教えてくんないの?」
「だってそれじゃ面白くないでしょ」
笹波はじっと木曽路を見ながら言葉を続ける。
「答えは、明日聞くから」
「……?」
「じゃあね、また明日」
笹波はそう別れを告げると、再び帰路へと歩き出す。
その背中を見ながら、木曽路は胸の奥のざわつきを抱えたまま呟いた。
「雲明のやつ、一体なんなんだよ」
木曽路はそうぼやきながらポケットからスマートフォンを取り出し、画面を点ける。
「えーっと、つきがきれい──っと……」
慣れた手つきで操作すると、すぐに検索結果が表示される。
「……は?」
検索結果の一番の上に表示された内容に、木曽路は思わず声を上げる。
月が綺麗ですね──I Love You、あなたを愛しています。
「ちょ、ちょっと待って、は……?」
スマートフォンを握る手が、じんわりと熱くなる。
『月が綺麗』の言葉の意味もだが、それを言った笹波のことが気になって仕方がない。
あの笹波が冗談でそんなことを言うわけがない、ということはつまり──
「アイツ、ずるいだろ、それ」
木曽路はそう言ってその場にしゃがみ込む。
答えは明日聞く、と言った笹波の声が脳裏に蘇る。
「あいつ、俺がこうなるのも計算してんだろうなーまったく」
木曽路はそう口にして空を見上げる。
さっきと同じ月。そのはずなのにさっきよりも綺麗に見えた。