特別な日になった
「……ん〜〜っ」
木曽路は、ジリリ……と鳴り響くアラームの音で目を覚ます。眠気眼でスマートフォンを操作してアラームを止める。
「うわっ、もうお昼……って、あ」
画面上にうつる日付を見て木曽路は、今日が自分の誕生日であることに気付く。
夏休み真っ最中である8月半ばのとある日、この日こそが木曽路が生まれた日なのだった。
ただでさえ夏休み中なのに加え、むかしから親の転勤での転校が多い木曽路は、友人に誕生日を祝われたことがほぼなかった。
今いる南雲原にもいつまでいられるかわからないし、わざわざアピールすることでもないため、木曽路は今日が誕生日であることは誰にも教えてはいない。
こういう時に限って部活も休みだ。そうなってくると本格的に誰かと会う予定もない。
(……南雲原のみんなには祝ってほしかったなあ、なーんて)
夏休みの真ん中、誰にも会わないこの日。
──今年も、きっと、何もないまま終わるんだ。
そのとき、スマートフォンが震えた。
画面には【桜咲丈二】と表示されていた。
あまり向こうから連絡をしてこない先輩からの連絡に、慌てて木曽路はスマートフォンを操作する。
「先輩、いきなりどうしたんすか?」
「あー……木曽路。今から部室に来れるか?」
「今から?」
「あぁ」
これ以上の話をするつもりのない桜咲に、木曽路は困惑する。
「なんか予定あんのか?」
「別にないですけど……」
「じゃあ、待ってる」
そう言って、桜咲から通話を切った。
ぷつりと途切れた電子音が、やけに静かな部屋に残る。
スマートフォンを見つめたまま、木曽路はぽかんと息を吐いた。
(一体、なんなんだろ)
桜咲から呼び出される理由に心当たりのない木曽路は1つの願望とも言える可能性にたどり着く。
(いや、さすがに期待しすぎだって。そもそも誕生日教えてないんだからありえないよ)
そんなふうに自分に言い聞かせながら、木曽路は部室へと向かうべく、身支度をし始めた。
☆
「……」
部室前に着いた木曽路は、入り口の前で立ち止まった。しかし扉の向こうに人がいる気配を感じない。それが木曽路を不安にさせていた。
(ほ、ほんとうに桜咲先輩いるんだよな?)
木曽路は扉の前で、大丈夫だと自分に言い聞かせて、息を整える。
(……よし、開けるぞ!)
緊張しながら扉をゆっくり開けると──
「木曽路、お誕生日おめでとう!」
パンッ! パンッ! とあたりからクラッカーを鳴らす音が響き、部屋もぱぁっと明るくなる。突然の変化に木曽路は瞬きをする。
「なーにぼさっとしてんの? ソジちゃん」
「ほら、主役なんだから早くこっち来なよ!」
「柳生先輩、忍原先輩っ? じ、自分で歩けますって」
柳生と忍原に押される形で木曽路は部室に用意された椅子に座る。そこにはバースデーケーキが用意されていた。
「え、これって」
「木曽路くん、今日お誕生日なんだよね。いつもありがとう」
「ささやかだけど僕たちからのプレゼントだよ」
「……俺、誕生日なんて教えてないっすよね」
「ああ、それは──」
桜咲の視線を追うと笹波の姿があった。笹波は木曽路に気づくと「木曽路の誕生日くらい、データで知ってるからね」と返す。
「おー。素直じゃねーの。ソジちゃんの誕生日会の言い出しっぺは雲明く──って、いってぇな! 恥ずかしいからって俺を蹴るんじゃねーよ」
「君たち、騒がしいよ。まったく」
「そうだよ。ほら、ソジ! ろうそくの火、消して!」
「う、うん」
(まさかこんなふうに祝ってもらえる日が来るなんて、思ってなかった)
周りを見渡すと木曽路がろうそくの火を消すのをみんな今か今かと待っていた。
(……みんな、ありがとう)
みんなからのお祝いに木曽路は胸が温かくなるのを感じる。
小さく息を吹き、火を消す。ふっと消えた灯りの代わりに、あたたかい拍手が広がる。
「木曽路」
「先輩?」
「これ、プレゼント。気に入るかわかんねぇけど」
桜咲はそう言って木曽路にプレゼントの入った袋を押し付ける。それを皮切りにほかの部員たちも自分たちも! と木曽路に押し掛ける。
「木曽路にはまだまだ頑張ってもらわなくちゃだからね」
「雲明」
「まあ、これからもよろしく」
視界がすこし滲んだ。それを誤魔化すように木曽路は笑った。
「みんなありがとう!」
──今年の誕生日は今までの中で、一番特別なものになった。