またね、戦友
フットボールフロンティア本戦会場。
今日の試合は終わり、観客も選手たちも帰宅したあとなのか、ロビーには人の気配がほとんどなかった。
そんな中、入り口に貼られたトーナメント表を笹波は眺めていた。
(……次の対戦校は木戸川清修か。今でも雷門や帝国に並ぶ強豪校)
笹波は自分の調べたデータにある木戸川清修のメンバーを思い浮かべながら、 頭の中でフォーメーションを組み立てる。
「よっ♪ うーんめい♪」
唐突に、背後から懐かしい声がした。
笹波の思考が一瞬で吹き飛ぶ。
振り向いた先に立っていたのは、明るい笑みを浮かべた少年。
「……木曽路」
笹波は小さく彼の名前を口にする。
木曽路が転校して以来の再会に、笹波はどう言葉を続けるか悩む。そんな笹波を気にすることなく木曽路は話を続けた。
「おっ! 南雲原も順調に勝ち上がってるじゃん」
木曽路はトーナメント表を覗き込みながら、軽く笑った。
「……木曽路」
「ん?」
「そのユニフォーム……」
彼が着ている赤を基調としたユニフォームは、次の対戦校である木戸川清修のものだった。
「うん。今の俺は、南雲原の“次の対戦相手”だよ」
木曽路の声にはどこか寂しさも滲んでいるように感じた。
「今のチームはどう?」
「あー……」
笹波からの問いかけに木曽路は言葉を詰まらせる。少し間を空けてから「なんとかやってるよ」と返した。
そう言った木曽路は笑っていた。──ただ、その笑顔の奥に“違う感情”があることを、笹波は知っていた。
(……相変わらず隠すんだね)
けれど笹波は何も言えることがなかった。いうべきではない。──だって今は他校のライバル同士なのだから。
「あ、ちゃんと楽しくやれてるから! 名門校ってだけあってさすがに練習は厳しいけどさ」
「そっか」
「でもさ──、」
木曽路は目を細めてから、ほんの少しだけ視線を落とす。
「ときどき、思いだすんだよな。南雲原で雲明たちとサッカーしてたときのこと」
「……っ」
口を開きかけて、笹波は言葉を呑み込んだ。
いまの自分には、かけてはいけない言葉だ。
どちらも黙り込み静寂が訪れる。
(……そんなの僕だって。木曽路がいたらって思い出すときがあるんだ)
そんな静寂を破ったのは、少し離れた場所から届いた声だった。
「木曽路。そろそろ戻るぞ」
「あ、監督! わかりました」
声をしたほうを見ると木戸川清修の監督らしき男の姿が見える。たしか彼自身もOBだったはずだ。
木曽路は慌てて返事をしながら、笹波の隣を通り過ぎ──
「雲明!」
木曽路は足を止めて、笹波のほうを振り返る。
「なに」
「次の試合、負けないから」
木曽路は笹波をまっすぐと見ながらそう宣言した。
「……僕たちも、南雲原も負けるつもりなんてないから」
笹波も負けじとそう言い返す。
「楽しみにしてるよ。そじとぶつかりあえるの」
「!」
笹波の言葉に木曽路は目を見開いてから、涙をこらえるようにくしゃくしゃに笑った。
「今、そうやって呼ぶのずるいよ」
そう返した木曽路の声はかすかに震えていた。
「木曽路! そろそろミーティングやるぞ」
再び監督の声が響き、木曽路は肩をビクッと揺らした。
「……じゃあな、雲明」
そう言って木曽路は背を向け、走り出す。
──もう振り向くことはなく、その背中はどんどん遠ざかっていった。
木曽路の姿が見えなくなってようやく、笹波は静かに息を吐いた。
(たとえ木曽路が相手だろうとしても負けない)
トーナメント表を見上げる。
二校の名前を結ぶ線が、しっかりと未来へ伸びている。
「よし、帰ったら戦略を練ろう」
その言葉は、小さくても力強くロビーに響き、静寂に溶けていった。