影がほどける場所で
「健康な体がほしくないか?」
「──えっ」
放課後。
部活も終わり、1人で選手たちのデータをまとめているとどこからか声が聞こえた。雲明はまたいつもの幻覚かと思い、そのまデータ整理を続ける。しかしその声は変わらずに声をかけ続ける。
「病なんか気にしなくていい。そうなればまたサッカーができる」
「──ッ!?」
雲明は思わず顔をあげると、そこにいたのは──、
「か、風丸一郎太……ッ? え、でも彼は今もうとっくに成人のはずじゃ」
雲明が驚くのも当然だった。
そこにいる人物は中学生の頃の風丸一郎太──それもダークエンペラーズを名乗っていたときの彼だったのだから。
「これを得れば病なんてすぐ治る。それだけじゃなくて強い力を得られるぞ」
「な……ッ」
そんなもの、ありはしない。ありえないはずなのに。
それにサッカーのことだって、以前よりかは前向きになれてる。立場は違えど南雲原で自分はサッカーができている。
怪しい誘いに、嘘だと思いつつも雲明の心は少し揺らいでいた。
そんな雲明の様子を面白そうに眺めながら風丸はあるものを見せつけた。それは、妖しく紫に光る石──エイリア石と言うらしい。
「エイリア石があればお前もサッカーができるんだ。──どうだ、ほしいだろう?」
(……エイリア石、なんか聞き覚えがある。だけどあれはだいぶ故意に情報が消されていた。だからよくないものなんだろう、なのに)
なんで、自分は揺れているんだろうか?
雲明が本格的に揺らぎ始めたのに気づいたのか、ここぞとばかりに風丸が甘い言葉をかけ続ける。
「お前がまたピッチで“自由に走れる”未来がすぐそこにある」
「“あの頃”に戻りたいだろう?」
「……!」
「さあ、早く手にとれ」
「……戻りたいか、でしたっけ」
「そうだ。かつての元気にサッカーができていたあの頃だ」
「……そんなもの、──僕には必要ないッ!!」
迷いを振り払うかのように雲明は大きく腕を動かす。その瞬間、目の前の風丸の姿が揺れ動く。ここで雲明はこれは自分が生み出した幻覚だったと気づいた。
「僕は、今の自分にできる形でサッカーができている! だからそんなものは必要ないんだ」
雲明がそういい放つと、ふっと風丸の姿は消えていった。その最後は少し微笑んでいるかのようにも見えた。
「あれは、一体なんだったんだ」
紫の残光だけが、まだ瞼の裏に焼きついていた。
雲明は深く息を吸い、胸に手を当てる
。
(……あれは、僕の中の“迷い”が幻覚になっただけかもしれない)
サッカーに焦がれる気持ちから"円堂ハル"の幻覚を見たくらいだ。
少なからずあった一緒に自分もフィールド立ちたいという気持ちがこういう形で現れても変ではない。
「……僕は、監督としてこのチームを日本一にするんだ」
その決意は、静かな部室に溶けていった。