ロビンと吸血衝動の話
ーーロビンの様子がおかしい。
憎いけど愛おしい。
そんな弟の「自分と共にいたい」という願い叶えるため、自分もなんだかんだ弟を手放せなくて。ルールを破ってロビンをヴァンパイアにした。もちろんその事には後悔していない。
相変わらず「兄さん」と飽きもせず自分にくっついてくることにはウザく感じることが多いが、どこか安心感もあった。
しかし、ここ最近自分にくっついてくる頻度が減ったように感じるのだ。
「あいつ馬鹿だろ」
呆れたようにジャックは吐き出す。
ジャックはロビンの様子が変わった理由に検討がついていた。わかりやすいのだ、あの弟は。
慣れた手つきでスマートフォンを操作しロビンに電話をかける。するとすぐに電話に出たようで、少し間を空けて返事があった。
「Hi、兄さん! どうしたの、兄さんから電話なんて珍しいね」
「……今からお前のとこ、行っていい?」
ジャックがそう言うと、電話の向こう側で息を飲む音が聞こえた。
「……うん、大丈夫だよ。待ってるね」
どこか歯切れの悪いロビンの声を聞いて通話を切る。
ーーやっぱりアレだな。
ジャックは自分の予想に確信を持つと、ケープをかぶり部屋を後にした。
✬
「兄さん、急にどうしたの? いきなりだったからお菓子あまりないけど……」
ロビンはジャックの前に紅茶とお菓子を出す。ジャックはそれを受け取り、お菓子をつまむ。
「これ、好きかも」
「やっぱり! 兄さん好きそうだなって思ったんだよね」
普段通りニコニコと笑うロビン。ジャックは「ふーん、やるじゃん」とそっけなく返すが、ロビンはそれを気にすることなくジャックが気に入ってくれたのが嬉しいのか鼻歌を歌いだした。
「ねぇ、ロビン」
「なに、兄さん」
「お前、なんか隠してるよね?」
ジャックの言葉にロビンはビクリと肩を震わせる。
「やっだなー。兄さんに隠しごとなんかしないよ」
「……ふぅん。またシラを切るんだ」
ジャックはそう返すと、ケーキ用に用意されていたナイフを手に取る。「兄さん」と戸惑うロビンを無視して、手にしたナイフで指先に傷をつける。その切れた先からはつぅ……と紅い血が流れ、その様子にロビンは息を呑む。
「兄さん、早く止めないと……っ」そう焦るロビンに気づかないフリをしてジャックはロビンに近寄り、指先をロビンに近づける。
ーーその瞬間、ロビンのエメラルドの瞳が真紅に染まる。染まったかと思うとロビンはジャックの指を手に取り、流れる血液を口に含んでいく。その様子を見てジャックは呆れたような笑みを浮かべながら呟く。
「やっぱりな」
ジャックの予想通り、ロビンは吸血衝動に駆られていることを隠していた。
まだヴァンパイアになって1年も満たないからおそらく抵抗があるのだろうが、毎回毎回ギリギリまで隠しているのには納得がいかない。それにこのままだといずれ他の人間を襲ってしまう可能性だってあるだろう。人間のフリをして大学に通うロビンの場合、余計に気をつけなければならない。
かつて暴走したアンジュを間近で見たジャックは体を震わせる。それに弟が暴走して苦しむのはみたくない。
ロビンはジャックの指先から口を離す。けれどロビンは血を欲しているかのように瞳を紅くしていた。
その事に気づいたジャックは今度は手首に傷をつけようとするが、それはロビンによって止められた。
「……にい、さん。首から吸わせて」
「いいよ」
ジャックは一瞬驚くもすぐに了承の言葉を返す。
あっさり了承したことに驚いたロビンだったが、申し訳なさそうに「ごめんと」言い、ジャックの首筋に顔を埋め牙を立てる。
「ん……っ、ぁ」
吸血されたことによる快楽にジャックは身を震わせる。声を出したくなるが、弟相手に恥ずかしいのでどうにか声を抑える。
ふと肩に冷たいものが流れてくるのを感じ横目でチラリと見ると、泣きながら血を吸うロビンがあった。しょうがないな、とジャックはロビンの頭を撫でた。
✬
「ーーで? なんか言うことあるよね」
ソファに座っているジャックは腕を組んで目の前にいるロビンを見る。
「えっと……、その、隠してごめんなさい」
しゅんとなって謝るロビンは満足したのかいつものエメラルドの瞳をしていた。
「僕たちヴァンパイアにとって吸血衝動は普通なの。だから我慢しないで僕でもO★Zのやつらでも頼れって言っただろ」
「ゔ……」
「まだ怖い? 吸血するの」
優しく問いかけるジャックに「うん……」とロビンは返す。
「そっか」
「わかってる。ヴァンパイアにとって吸血衝動は当たり前だから慣れないといけないって」
ロビンはそこで黙るも、しばらくして意を決したように口を開く。
「自分を忘れて貪りそうになる。それが、怖い。吸いすぎちゃって兄さんや、アンジュたちを傷付けるんじゃないかって」
「あーもう、ほんとめんどくさいなお前」
ジャックはロビンの額を軽く小突いた。「なにするんだよ」とロビンは苛立ちを隠さずジャックに問う。
「お前は大丈夫」
「なんでそう言い切れるの」
「そうやって心配できてるんだからお前は自制できる」
ジャックはロビンの頬に手を添えると、ロビンはピクリと肩を震わせた。
「それに吸血の練習なら僕が付き合ってやるからさ」
優しく言うジャック様子にロビンはなんだか安心感を覚えた。
「いいか? 僕とお前は双子で親子なんだから吸血衝動隠しても無駄だからな。なんとなくわかるの」
「だからいつも気づいてたんだね」
「まあね。とにかく、吸血したくなったら僕にでもO★Zの誰かにでも言えよ」
ジャックが「わかった?」と確認するように聞くと、ロビンはこくりと首を縦に振った。その様子にジャックはよし、と満足げに笑う。
「はー……。なんか僕もお腹空いちゃったあ。ね、お前の吸わせてくれるよね?」
ジャックはロビンの返答を聞く前にロビンを引き寄せ、首元に噛み付いた。