貴方のもとに還るから

「僕ね、死んだら兄さんの元に還りたいな」
「はあ?」

 突拍子のないロビンの発言に、ジャックは眉をひそめた。

「だって、ヴァンパイアは死ぬと紅い月に還るよね? でも、僕は紅い月じゃなくて兄さんのところがいいなぁって」
「だーかーら。なんでそういう話になるわけ?」

 ジャックが呆れたように言うと、ロビンは疑問に答えるべく口を開いた。

「前にイヴさんがヴァンパイアを倒したのを見たことがあって、その時に紅い月に還っていくのを見たんだ」
「……」
「あのあと、イヴさんに聞いたら"ヴァンパイアは死んだら紅い月に還るんじゃないか"って。……ギルさんのときに、それを利用できないかなって悩んでたみたいだし」
「あぁ」

 その話ならジャックにも覚えがあった。なぜならエリザベスが家で愚痴っていたからだ。
「まったく、あいつの自己犠牲心はどうにかならないのかしら」そう言って不機嫌そうな顔をしていたのは記憶に新しい。

「それでそっからどうして僕のとこに還りたいってなるのさ」
「だって僕、兄さんが大好きだもん。紅い月のことは……まあ、僕もヴァンパイアだからね、……嫌い、ではないけど。でも、やっぱり僕はずっと兄さんと一緒にいたいんだよ!!」

 屈託のない笑顔で言うロビンに、ジャックは「お前さぁ」と返す。だが、こうも真っ直ぐに自分を慕うロビンに、正直ジャックは悪い気はしなかった。

「それに、僕は兄さんにヴァンパイアにしてもらったから。だからこそ兄さんの元に還りたい」
「…………勝手にすれば?」

 面倒くさくなったのか素っ気ない返事をするジャック。しかし、そんなジャックを見ても、ロビンは幸せそうに「うん、そうするよ!」と返した。

「あ、でも、今はまだ死ぬつもりないけどね。兄さんといろんなことしたいし、O★Zでたくさん歌いたいから!」
「あっそ」
「…………兄さん。本当に生きててよかった」

 ジャックの頬に触れ、目を細めて笑うロビンに、「なあ僕が死んだって考えなかったの?」とジャックは尋ねた。

「……考えなかった、わけじゃなかった。"生きてる"って信じたかったのが強かったんだと思う」
「ロビン」
「だから、こうしてまた会えて、言葉を交わせて……。本当に嬉しいんだ……」

 涙を浮かべながら笑みを作るロビンに、ジャックは思わず手を伸ばす。しかし触れる直前で躊躇して手を下ろす。すると、その様子を見ていたロビンの方からジャックの手を握った。

「あの時ね、本当に兄さんになら殺されてもよかったんだ」
「っ」
「他人に兄さんとの思い出を消されるくらいなら、いっそ兄さんの手で殺されたかった」
「それ本気で言ってんの?」
「本気だよ。それだけ僕は兄さんのことが好きなんだ」

 真剣な表情で言うロビン。
 ジャックは不思議でたまらなかった。ーー自分を好きってだけで、順風満帆なはずの輝かしい人生を捨ててまで、闇の世界にくることが。

「兄さん?」
「ほんと、お前バカだなあ」

 ジャックの目からも一筋の雫が流れる。それは止まることを知らずに流れ続けた。

「……兄さん……?」
「いいよ。お前が望むなら、一緒に堕ちてやるよ」

 そう言い終わると同時に、あの時と同じように首筋に牙を刺す。牙が皮膚を突き破り肉へと到達する感覚を感じる。そしてそのまま血を吸い始めた。

(お前が僕を嫌いになっても、離してやらないからな)

 ジャックは心の中で呟くと、ロビンの血を飲み込んだ。