君がいるから大丈夫
ーーもう限界だ。ロビンはそう確信した。
ハラジュクにきて早数年。通っていた大学も無事卒業した頃、そろそろ己の見た目が変わっていないことを隠すのが無理だと感じていた。
「……ちゃんと笑えるかな」
イギリス行きのチケットと数日分の衣類などを詰めたトランクケースを持って、ロビンは空港へと向かっていた。
今回の帰省で両親に会うのも、両親と連絡を取るのも最後にする、そうロビンは決めた。イギリスを中心とした声楽家としての活動はとっくの昔に整理をつけたし、その時のSNSのアカウントも消した。ーーあとは両親のことだけだ。
兄であるジャックを早々に失い、自分までも失うことになる両親に対して申し訳ない気持ちはある。両親はもう自分にも兄にも会えないのに、それなのに自分たちは永遠に一緒にいることができるのだから、酷いことをしていると思う。
もっと早くに別れればよかったのか。そもそも兄を探しに行く時点で関係断てばよかったのか。重い足取りで空港に向かいながら、そんなことばかりロビンは考えていた。
ジャックには今回の件も話していない。
今までの帰省も特に話したことはないが、意外と敏い兄のことだ、言わないだけで知っているのだろう。
「……うわっ」
「あ、す、すみませ……」
色々、考えながら歩いたせいかロビンは信号が赤に変わっていることに気づかず、前にいた人にぶつかる。慌ててロビンが顔を上げるとそこには見慣れた人物がいた。
「え、兄さん…?」
「遅い」
呆れたようにロビンを見るジャックがそこにはいた。ジャックの手にはトランクケースがあった。
「行くんだろ、イギリス。僕も行く」
「なっ、……んで、知ってるの……?」
「お前のドロドロとしたやつ流れてきて鬱陶しいんだよ。あとベスのとこにハンターが相談しに来た」
「イヴさん……」
「ちなみにチケットはギルティアが用意してくれた。ちゃんとお前の隣だろ?」
そう言ってジャックがチケットをロビンに見せる。たしかにロビンの隣の席だった。そういえば今回のチケット、何故かギルティアが用意してくれた、受け取った時は最後の別れになることに気を使ってくれたのかと思いそんなに気にしていなかったが……。
自分の気づかない間に心配をかけていたことにロビンは申し訳なくなった。
「まだ時間余裕あるからまあいいけど」
信号が青に変わりジャックは歩き始めるが、ロビンは立ち止まったままでいた。「ロビン?」と不審げにジャックは声をかけ、歩みをやめロビンの元に駆け寄る。
「ねえ、兄さん。本当に一緒にイギリス行くの?」
震える声でロビンは聞く。
今の兄にとってイギリスに行くことは色々リスクが高いことのはずだ。あまり詳しくは聞いてないがサガに会うまでの兄のヴァンパイアとしての生活は過酷だったようだし、その原因ーージャックのヴァンパイアの親はまだ生きているらしい。
そもそも十数年前から見た目が変わっていないことが問題だ。
「それなら平気。ベスとディミトリに協力して貰って一時的に見た目をお前と同じくらいにする魔術聞いたから。だからそこは平気」
「エリザベスさんはわかるけどディミトリさんも……?」
「あいつ、あれでも結構色々知ってるから。数日くらいなら問題ないってさ」
「……いいの?」
これだけでも兄には言いたいことが伝わると思いあえて【なにが】と言うのは言わずにロビンは問いかけた。ジャックはそんなロビンの様子にため息を吐き、ロビンの背中を叩く。
「いった……何するんだよ、兄さん」
「お前がうじうじしてるからウザいなって」
「うじうじって」
「僕がしたいから、そうすることにした。それだけだ。勘違いするな」
そう言ってロビンから顔を逸したジャックの耳は赤くなっていた。
「Thank you、兄さん」
「……僕お腹空いたから、なんか食べたいなー」
「OK、空港に兄さんの好きそうなお店屋さんあるからそこに行こうか」
いつの間にかロビンは気持ちが軽くなったことに気づく。ロビンはもう一度、心の中で礼を言う。
「僕もお腹ペコペコだから早く行こう!」
ロビンそう言って空いている手でジャックの手を掴む。普段なら離されることが多い手も今日はぎゅっと握り返された。
「大丈夫。側にいるから」
「ありがとう、兄さん」