今会いに行くから

 僕の大好きな兄さんは数年前に突如姿を消した。パパやママ、友達、──僕にも何も言わずにいなくなってしまった。

 その後、僕もパパとママの所から離れることに決まった。どうやら有名な声楽家が僕を育てたいみたいで、僕は彼のところでお世話になることになったのだった。

 正直、兄さんがいなくなったばかりでパパたちとも離れるのは嫌だった。だけど「世界中周れば彼に会えるかもしれない。キミならそれができるんだよ」と言われ、声楽家になることを決めた。

 それからは早かった。
 有名な声楽家──先生のもとではや数年、声楽家としての色々なことを教わった。そして先生の紹介で立ったとある舞台がきっかけで僕は「天使の歌声を持つ声楽家」として有名になった。

 そのおかげでイギリス国内だけでなく、近隣のいろんな国に行った。──それでも兄さんには会えなかった。

 歌って、歌って、歌って。
 歌い続けていればいつか兄さんに届くはず。僕はそう願い続けた。

 そうしている間に、大好きな歌が「兄さんを探すための手段」に変わっていた。大好きなことなのに、ほんの少しだけ苦しさも感じていた。

 あと何回歌えば、あと何回歌えば、兄さんに僕の歌は届くんだろうか。

 周りはみんな兄さんはもう生きていないと言う。だけど僕は兄さんは生きている、そう思っている。

「兄さん……」

 先生の元から巣立って今はこうして再びパパたちの住む実家で暮らしている。部屋もほとんどあの頃のまま。兄さんとの思い出が詰まったあの時のままだ。

 兄さんとお揃いのテディベアは寂しそうに隣にいるもう一体に寄りかかっている。

「……兄さん、会いたいよ」

 そう強く思いながらいつも通りネットで兄さんの情報を探すべく、スマートフォンを開く。
 どうやらSNS上ではとある音楽グループの話題で盛り上がっていた。どちらかというと僕の好みではないはずなのに、なにかに惹かれるようにMVを開いた。

「ふぅん……まあ、荒削りだけどいい……かん、じ……」

 MVに映るまだ声変わりもしてなさそうな幼い少年の姿に僕は目を奪われた。だってその人は──

「ッ兄さん!! 兄さん、兄さん!!!」

 ぱぁっと一気に世界が色づいた。僕がずっと探していた大好きな兄さんだ。間違えるわけない。ずっと隣で聞いてきた兄さんの歌声を僕が間違えるはずがない。

「やっと、見つけた」

 どうやらこのLOS†EDENとやらは日本で活動をしているらしい。近々ライブも行われるようだ。

「待っててね、今、会いに行くから」

 兄さんの姿が幼いままなのは少し気になりつつも僕は日本へ旅立つための準備をはじめた。

3話の前のお話
イメージソングは「se9uel(クロケスタ/九重九日)」です