愛の歌

 屋上から聞こえるピアノの旋律にアンジュは首を傾げた。今日はギルティアはカフェで使うコーヒー豆を調達すると出かけているはずだ。

 一体誰が弾いているのだろうと屋上へと向かう。屋上に近づいて行くほど軽やかで楽しげな音が聞こえてきた。

 アンジュは邪魔をしないようにそっと扉を開ける。するとピアノの前にはピンク色の髪をした青年がいた。青年ーーロビンはその音に気づいたのか演奏をやめ、扉の方を見た。

「アンジュ! どうしたの?」
「……ロビン、もしかして邪魔しちゃった?」
「No problem! 気にしないで」
「それならいいけど……。ロビンってピアノ弾けたんだな」
「ピアノは習ってたんだ。あとイギリスにいた頃、作曲したこともあったしね」
「ああそれであの時キミも作曲家、って聞いたんだ」

 アンジュはロビンと出会った時のやり取りを思い出す。木から飛び降りてきたり、その後のことの方が衝撃的で忘れていたが、あの時、ロビンはたしかにそう言っていた。

「最近、曲になりそうなものが浮かんでもやもやしてて。それでギルさんに言ってここのピアノ借りてたんだ。お陰でやっと形になったんだ!」
「へぇ……」

 ヴァンパイアは偽りを歌に出来ない。
 自分の想いからしか歌えない、そうアンジュはギルティアから聞いていた。とはいっても自分はダンピールなのでその感覚はいまいちわからないし、ヴァンパイアになりたてのロビンもまだ歌が湧き出る感覚にはなれないと以前聞いた。

「ねぇ、よかったら1曲聞いてくれない?」
「うん、いいよ」

 アンジュの返事をを聞くと、ロビンは再び曲を奏でる。曲にあわせで歌を、想いをのせる。

(……これ、ロビンの愛の歌だ)

 相手はもちろんアンジュも知っているLOS†EDENにいる彼であろう。

 先日、ロビンから内緒話をするかのように「兄さんと恋人になった」と打ち明けてられた。だからきっと彼と結ばれた喜びからこの曲は生まれたのだろう。

 Heart Jackのように明るい曲調だが、どこかロビンの独占欲を感じるそんな愛の歌だ。

「いい曲だね」
「Thank you、アンジュ!」

 ニコニコと賞賛を受け取るロビン。
 しばらくそんな平和な時間を過ごしていると、ロビンのスマートフォンが着信を知らせた。

「兄さん!?」

 ロビンは電話をかけてきた相手の名前を見て興奮の声をあげると慌てて電話をとる。すると「お前、なんなんだよ!!」と、スピーカーにしていないにもかかわらず、側にいるアンジュに聞こえるジャックの叫び声が届いた。

「さっきの歌! こっちが恥ずかしいんだけど」
「え、さっきの歌ってなんなのさ」
「…………はあ」

 本気でわからない、という様子のロビンにジャックはため息をつく。

「お前、無意識にプリズン発動してただろ」
「え? プリズンってあのプリズン?」
「そうだよ。プリズンが発動してると周辺のヴァンパイアに歌が届くんだよ」
「……ってことはつまり」
「わかった? さっきのお前の歌がこっちにまで聞こえてきたんだよ」
「……」
「ロビン?」

 反応がないロビンにジャックは心配そうに声をかける。ロビンは顔を真っ赤にして困惑しながら「まさか聞こえてるなんて……」と呟く。

「お前、今ヒマ?」
「今日はカフェも学校もお休みだから時間はあるけど……」
「じゃあ、今からお前のところに行くから」
「えっ」
「ちゃーんとお菓子用意しといてね」

 ジャックはそう言って電話を切った。
 未だ顔を真っ赤にしているロビンにアンジュは「ロビン……?」と声をかける。

「さっきの曲、兄さんに聞かれてたなんて……」
「うん」
「今から兄さん来るみたいなんだけど、どうしよう、恥ずかしいよ」

 ジャックはきっとさっきの歌を直接聞きたいんだろうな、とアンジュは苦笑する。そこを素直に伝えないあたりジャックらしいなと思う。

「邪魔したら悪いからイヴと出かけてくる」
「いやいやいや、別に二人ともいてくれて構わないんだけど!?」
「ギルにも連絡しないと」
「ねぇ、ちょっとアンジュ! 無視しないでよ!!」

 ロビンの静止を無視してアンジュは扉へ向かう。そして扉は無情にもパタリと閉められた。

(どんな顔で兄さんに会えばいいんだろ)

 ロビンは頭を抱えながら一人取り残された屋上でそう思うのであった。